私の子ども時代の話です。
私がすごした昭和40年代は、カップラーメンが初めて登場しました。
テレビコマーシャルで、大々的にあのOOヌードルが登場し、一度でいいから食べたい!と懇願しました。
あのころ、母はこういいました。
「そんな、わけのわからないものは食べさせられん!」 だと。
ある日、バスセンターに自動販売機があり、8歳の私は始めてカップヌードルを食べました。
それは、ぬるくて、なんだかべたべたした味でした。
今まで食べたことがない味でした。
そのころの、インスタントラーメンはホンコン焼きそばというものがありましたが、今で言う
酸化した味がしてどうも好きにはなれませんでした。
実をいうと、私は息子らにはたまにカップラーメンを食べさせることがあります。年に2~3回。
でも、私はそこで、ものすごく、罪悪感に陥るのです。
もちろん・・コンビニおにぎりはNG.ほOか弁を食べたいという息子らには、母ちゃんが寝込んだときに
食べてくれ!と言っています。
こんなこともありました・・・
高校2年17歳のころ、ほOか弁が小さい田舎町に登場しました。
あのころ、こんな田舎に弁当を買って食べる人はおらんで~~・・というくらい衝撃的でした。
それも、あったかいご飯がついていると早速
広告を見た私と父はその珍しきべんとうなるものを食べたいと母に懇願しました。
母はこういいました。
「農家であるんに、なし、弁当を買うんかぁ~~つ!!うちには米はなんぼでもあるっ!」<*農家であるのに、なぜお弁当を買うのですか?うちにはお米はたくさんありますわ。*>
と、烈火のごとく叱られました。
非国民・非農民だと!
母は情けない時代が来たもんだと嘆きました。 その日をまだ、鮮明に覚えています。
6月になれば、母は梅干をつけたり、梅酒、奈良づけもつけていたなー。
若いころは、そんな田舎暮らしがダサく感じ、都会に憧れていたことは事実。
うちは農家であることを短大時代の友には隠していたこともまた事実。
でも、今はそんな田舎育ちが一番、ありがたく感じている。
私は一生、食に携わっていたい。 田舎に生まれたことに感謝しています。
2006-06-11 20:50:13. [ 食育について ]
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